神社仏閣参拝とオヤジの休日

中部地区を中心に趣味の小旅行(神社仏閣参拝)を私的観点から綴っています

温泉の神を祀る 式内社 射山 神社

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三重県津市の榊原にある射山(貝石山)の中腹に鎮座

後に現在の温泉地の一角に移されたとされています。

貝石山の西麓に湧いていた温泉が七栗の湯

里人は神湯・宮の湯とよんでいた

かつては射山・湯山とも呼ばれ

貝石山は射山神社の御神体とも云われています

 

射山 神社

     延喜式 式内社

 

主祭神(温泉大名神

   大己貴命(おおなむちのみこと)

   少彦名命(すくなひこなのみこと)

 

祭神(合祀)

   天照皇大神 須佐之男命 品陀和気命

   表筒男命 火産霊命 彦火火出見命

   市杵島比咩命 速玉之男命 天津児屋根命

   底筒男命 中筒男命 菊理比咩命

   級長津彦命 五男三女神 建御名方命

   大鷦鷯命 猿田彦命

 

御神徳  

   開運・縁結び・五穀豊穣・無病息災

   家内安全・長寿健康ほか

   あらゆるお祈りの縁と御神徳を受けられます

 

「射山神社 手水舎」長命水 神の井

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「大黒様の恋こ槌」

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  拝殿の手前にあるピンク色ののぼりの間に

  鳥居があります。

  大己貴命大国主命(大黒様)

  縁結びの神様で有名な出雲大社の神様です

  射山神社では、大黒様の小槌は「恋こ槌」と呼ばれ

  撫でると縁に恵まれ、願いが叶うと云われています

 

温泉の神様として

  室町時代、当地を納める榊原城主の榊原氏に

  よって崇拝され、また

  南朝一族の北畠國永郷がこの地で

  長期湯治をしており和歌にして残されている

 

  世の中の 人はすつれど千早振 

           神にまかせて住む榊原

 なぜ榊原・・・

   人皇二十六代継体天皇

   皇女荳角媛命(ササゲヒメノミコト)が

   伊勢大神宮斎祠になられたとき、

        この地に自生する榊枝をお採りになり

        一夜長命水に浸し

        翌日 伊勢皇大神宮に運んでいたと伝えられる

        後に、地名を「榊原」と呼ぶようになったといわれます。

 

  榊は木へんに神の字が合わさり

     神と人の境界を表しています。

 

  清少納言の「枕草子」第117段

    「湯は七久里の湯、有馬の湯、玉造の湯」

  1500年前

  かつて都の貴人が伊勢神宮参拝の前に清めの

  湯垢離をしたのがこの地

  七久里(七栗)の湯とは榊原温泉を指しています

  榊原温泉は美人の湯として有名(つるつる・しっとり)

  さらに境内には

  奥の細道の旅を終えられた松尾芭蕉

  度々榊原温泉に来られ湯治をしており

  境内には「芭蕉翁反古塚」もあり、

  松尾芭蕉の死後、彼を慕う俳人らが

  この地で句会を開いた際に建立されたと云われています

 

     「葉桜に袴の裾もぬれにけり はせを」

                  芭蕉 糸桜の句

 

 

 ご縁を結ぶ強力なパワースポット

    緑に包まれる射山神社と悠久の歴史を感じさせる

    貝石山など、古くからの温泉地を訪れてみては如何でしょう

 


榊原温泉湯本 式内 射山 神社

御朱印 

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「アクセス」

 三重県津市榊原町5073

     059-252-1024

 

 湯元誓願寺観音堂
   

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    誓願寺は、もとこの地より南西約四百メートルの地に

 旧跡を残している古い寺院です。

 現在、お堂内には本尊として十一面観音像を初め近隣の

 観音堂、十王堂の祭られたものと共に多くの仏像が

 安置されています。

    お堂内の仏像は江戸時代初期から中期にかけて造立

 されたもので、観音霊場を巡礼する三十三観音

 地獄の裁判を象徴するえん魔像、人々の極楽浄土を

 かなえる阿弥陀如来立像などが安置されています。

 

 「御詠歌」

   川の瀬も 澄みて聞こゆる 普門品

                これぞ仏の 誓願時かな

 

 誓願寺観音堂

 

  本尊 十一面観世音菩薩

  真言 おん まか きゃろにきゃ そわか

  札所 旧一志郡三十三ヶ所観音霊場 三十番札所

 

「本堂内」

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 榊原温泉郷「おもてなし館」

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「アクセス」

  三重県津市榊原町5824-1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東王山 瑠璃光院 慎福寺

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鈴鹿市神戸地区にある山号を東王山と云います

その昔、七堂伽藍を備え

神戸城の主、織田信孝祈願寺とされ

寺領六百石を受領し大いに栄えたが

江戸時代の大地震により焼失

神福寺と称されたが

明治の神仏分離の際、現在の名称「慎福寺」に改称された。

境内には樹齢三百五十年余りの

しだれ銀杏がご神木とされ、

当山の「総本山長谷寺」にあやかり境内には牡丹など

花木が植えられている。

当山は真言宗であり

弘法大師によって完成されました

その教えは、自分自身が本来持っている

「仏心」「限りない人格」「さとりの世界」

今このときに呼び起こす即身成仏に求められます。

それは、自分自身深く見つめながら

「仏のような心で」「仏のように語り」

「仏のように行う」という生き方です。

この教えをもとに、人々が共に高め

あって行く事で

世界の平和がもたらされ

理想の世界として蜜厳仏国土が完成すると云われます

 

東王山 瑠璃光院 慎福寺

 

宗派 真言宗豊山派

本尊 薬師如来

真言 おん ころころ せんだり まとうぎ そわか

開山 法院紹盛上人

開創 永禄年

札所 三重四国八十八ヶ所霊場 第十四番札所

 

「本堂」

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本堂内には御本尊薬師如来

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左に如意輪観音

綺麗さに見入ってしまいました。

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弘法大師堂 」 

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地蔵堂

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御朱印

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「アクセス」

〒513-0801

 三重県鈴鹿市神戸2-19-8

         059-382-0263

 

仏画学びの会」が催されていました

令和二年十月から令和三年二月 全五回開催

詳しくは、慎福寺ホームページへ

 

「鳥枢沙摩明王

不浄な物を浄化する仏様として

真言宗ではお手洗いに祀られる事もあります

トイレの仏様です。

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般若心経

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本三大虚空蔵菩薩 勝峯山 兜率院 金剛證寺

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伊勢志摩国立公園の最高峰、朝熊岳にあり

山号は勝峯山といいます。

神仏習合の時代、

本尊虚空蔵菩薩の眷属、雨宝童子が祀られており

大日如来の化身にして天照大御神日向国

現れた十六歳のお影を、弘法大師

感得し彫られたと伝えられている

その昔から、伊勢神宮の鬼門を守る寺として、

神宮の奥の院ともいわれた

「お伊勢のかへりに朝熊をかけよ、

          朝熊かけねば片参宮」

と伊勢音頭にも唄われ参宮する人々は

金剛證寺も参詣するのが習わしでした。

御本尊の「福威智満虚空蔵大菩薩」

日本三大虚空蔵菩薩の第一位として

広大無辺な福徳・威徳・智徳の三徳を

有する仏様です。

御本尊は秘仏であり

二十年に一度、伊勢神宮のご遷宮の翌年に

ご開帳されるそうです。

また、九鬼嘉隆のゆかりの寺であり

嘉隆にまつわる所蔵品がいくつかあり

嘉隆の三男、有慶は嘉隆の菩提を弔い

金剛證寺に出家し、金剛證寺、第十二世となった。

 

勝峰山 兜率院 金剛證寺

 

宗派 臨済宗 南禅寺派

本尊 虚空蔵菩薩

真言 「のぼ あぎゃ しゃきゃ らば やー おん

        あり きゃー まりぼり そわか」

開山 暁台上人

開創 欽明天皇

札所 伊勢西国三十三ヶ所観音霊場 第二番札所

 

朝熊山 のぼりて 見れば

    極楽の 是ぞ誠の浄土 成るらん

 

平安時代弘法大師空海によって堂宇が建立され

密教修行の一大道場として隆盛を極めました

その後、応永年に鎌倉建長寺開山大覚禅師の法孫である

仏地禅師が再興して以来禅寺に改められた。

又、仏事に用いられる樒(しきみ)ではなく

神事に使われる榊(さかき)が供えられる珍しい寺院である。

 

「仁王門」

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「阿形像」

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「吽形像」

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「仁王門 裏側」

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 仁王門の裏側(左右)に二体の像

明星天子

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明星天子は、

虚空蔵菩薩を神格化したと云われています。

「雨宝童子

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雨宝童子は、神仏習合思想において

天照大御神が日向に下生した時の姿とされる

「楼鐘堂」

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「連間の池」

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仁王門をくぐると目に入ってくる大きな池があります。

この池は、「つれのまの池」と呼ばれ

金剛證寺を再興した弘法大師が造ったものと伝わっています

「連珠橋」「雨宝堂」重要文化財

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池の中央に架かる「れんじゅ橋」

橋の中央を境に此岸と彼岸の境界をあらわしてるそう

此岸(しがん)とは、迷いの世界=この世

彼岸(ひがん)とは、悟りの世界=あの世

雨宝堂の中には「雨宝童子像」が祀られています。

大日如来の化身にして天照大御神日向国

降臨した十六歳のお影を、弘法大師

感得し彫られたと伝えられている

「観世音菩薩と弘法大師

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地蔵堂厄除六地蔵尊」

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厄除け地蔵尊は別名「重軽地蔵尊とも

呼ばれており、手で持つことができる地蔵尊

手順通りにすると、願いを叶えてくれるそうです

「手水舎」

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本堂「摩尼殿」

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1609年に起こった火災の後に

徳川家康池田輝政に命じて再建させた

 

本尊「福威智満虚空蔵大菩薩」

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一切の万物をはぐくむように福徳・威徳・智徳の

三徳を具え、願主の求めに応じて、

御慈悲を以って御利益を与え満して下さる仏様です。

福徳とは・・福徳円満な幸福、家内安全、無病息災

身体健康、商売繁昌、社運隆昌などが

授け与えられます。

 

威徳とは・・威厳があって徳が高い円満な人格

を授け与えられます。

 

智徳とは・・虚空蔵菩薩の御真言

「のぼ あぎゃ しゃきゃ らば やー おん

        あり きゃー まりぼり そわか」

 を唱えれば記憶力が増し、学力が向上し、

 教養を身につけ、合格成就など大願が

 授け与えられます。

 

「福丑」

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福丑は頭上に大黒様を乗せています。

一度、この福丑に触れば、

心清く意思賢固になり

福徳・智慧が増強し、

身体健康の御利益があるそうです

智慧寅」

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智慧寅は、御本尊 虚空蔵大菩薩の智慧

戴いた寅であり、触るだけで御利益を

得ると云われています

「明星堂」

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伊勢神宮の鬼門除けとなる

仏神明星天子が祀られています。

明星天子は、虚空蔵菩薩の化身

明星は、日・月・星の三字よりなり

三光天子とも云われ

国土安穏・智慧成就の仏神と云われます

 

登り坂を少し歩くと見えてくる

「極楽門」

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卒塔婆の道」

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卒塔婆の道を抜けると

金剛證寺卒塔婆を建てると、全く別の世界でなく、

 現実の山の中に死者の霊が集まる場所であり

他界にいくと云われることからここに大きな卒塔婆

建てる方が多い)

奥の院 呑海院」

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延命子安地蔵を祀っている奥の院

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御朱印

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三重県伊勢市朝熊町岳548

    0596-22-1710

「絶景」

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朝熊岳山頂から見える鳥羽・志摩の海岸線

遠く、日本アルプス富士山の姿を望む

              (中央右)

恋人たちの聖地「天空のポスト」

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「萬金丹」

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 六〇〇年以上前から伊勢地方に伝わる薬で

 胃腸の不調に効くらしいです

 和漢薬配合で体に優しく、古来からのお薬

 又、伊勢参りのお土産物として人気です。

 

「アクセス」

朝熊岳 金剛證寺は、伊勢志摩スカイラインの山頂

付近にあります。

伊勢志摩スカイラインは、伊勢から鳥羽に抜ける事の

できる有料道路です。

季節によって通行可能時間が変わりますので

公式サイトでご確認をその際通行料金割引券

プリントアウトしておくとお値打ちに通行出来ます。

因みに、普通車両で1270円が1020円になります。

 

 


伊勢西国 勝峰山 兜率院 金剛證寺

 

 

 

 

 

猿の恩返し 村社 鳴谷 神社

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三重県鈴鹿山系藤原岳の麓に鎮座する

高僧・最澄禅師が大同年に山裾の聖寶寺観音堂

開かれたとき、二十一社の小宇を建て守護神として

お祀りしたのが始まりであり。

元亀年に伊勢長島一揆が起こり

滝川一益が鎮圧したが、

北勢員弁地方の神社仏閣を、

ことごとく焼き払い

鳴谷神社もその難を逃れる事ができなかった。

その後、万治年 聖寶寺天台宗から臨済宗

改宗になった時、村の氏神として

社殿を改築したとされています。

 

 鳴谷 神社

        【村社】

      通称 宮さん

    (お猿さんが建立を手伝ったという)

 主祭神

     大山咋命(おほやまくいのかみ)

   祭神(合祀)(旧藤原村各地に祀られていた)

    豊受比売命(とようけひめのかみ)

    軻遇突智命(かぐつちのかみ)

    大山津見命(おおほやまつみのかみ)

    猿田彦命 (さるたひこのみこと)

    市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)

    金毘羅大神(ことひらのおおかみ)

    稲倉魂命 (いねくらみたまのかみ)

 

 

「狛猿」男猿

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「狛猿」女猿

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これが狛猿(まさる様)

「優る」「勝る」「魔去る」に通じると言われます

 

 猿の恩返しが狛猿の石像として逸話が残ります。

 

因みに、

八幡様は鳩春日様は鹿、稲荷様は狐、天神様は牛・・

共に、神様の使いとされます。

 

「拝殿」

 石橋を渡り真っ直ぐすすむと、

 杉の木が高く鬱蒼としています。

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静かでとても落ち着いた気持ちになれます

杉だけでなく色々な、樹木が立ち並んでいます。

守護神として、近江国

日吉大社東宮主祭神「大山くいの神」を分祀

(山の神=衣食住すべて与えて下さる神様)

明治以前は、日吉山王社と呼ばれ

みざる聞かざる言わざる」に加え(恨み怒りを

思わざる」という山王神道の基礎となり、

数百年経っても変わらぬ教えを伝えています。

さらに、言えば

悪いものは見ない悪いことは言わない聞かない

良いものを見良いことを聞き良いことを言う実行する

私たちは、一人では生きていけないことを認識し、自分の周りの人にも

感謝の念を持っていくことが大切

迷わない、心配しない、怖がらない、堂々とした強い心を

養ってくれるものと思います

 

「アクセス」

三重県いなべ市藤原町坂本松原83

  0594-46-3581

  

 

 


紅葉シーズン2020 東海自然歩道 鳴谷神社から聖寶寺

 

 

 

 

 

 

尾高山 和光院 引接寺 尾高観音堂

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三重県鈴鹿山系釈迦岳直下の麓

桧の古木が綺麗に美しい林を作っている

山号尾高山といいます。

その昔、孝元天皇の御代に生まれた女性が

仏像を安置し信仰したのが始まりと言われます

その後、御堂を建立し聖徳太子が彫り込んだ

千手観音菩薩立像を安置し、

桓武天皇より引接寺の勅願を賜り

寺運が隆盛、平安時代には、

源義家が戦勝祈願したとされています

天正年、信長の伊勢侵兵火により

豪壮の七堂伽藍の堂宇を失い廃寺となったが

江戸時代杉谷村は桑名藩領下に組み入れられ

観音堂は引接寺と称し桑名藩主の菩提寺

浄土宗照源寺の末寺におかれた。

 

中世は天台宗で、熊野信仰の杉谷寺として

総称され

古くから「尾高の観音さん」として

地元の方に親しまれてきた

 

 

「御詠歌」

 分け上る 高の峯に 雲晴れて

      匂ふ朝日の 影ぞさやけき

                (┬┬﹏┬┬)

 

尾高山 観音堂

 

宗派 浄土宗鎮西派

本尊 千手観音菩薩

真言 おん ばざら たらま きりく

開山 不明

開創 不明

札所 伊勢西国三十三所観音霊場 元二十五番札所

 

「手水舎」

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「六角堂」

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 小川を渡って階段を上ると六角形をした観音堂に到着します。

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 聖徳太子の作とされる、

 本尊 千手観音菩薩立像を祀っている。

 逗子は桑名城主の寄進と言われる。

 

六角堂を守っているのか

 参拝時、虻が寄って来るので注意して下さい

 特に、夏の時期は向かって来ますので当たると痛いです

 

御朱印慈眼寺受付

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「アクセス」

 三重県三重郡菰野町杉谷字尾高2291-2 

 


伊勢西国観音霊場 尾高山 観音堂

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海上守護第一霊峯 青峯山 正福寺

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国立公園 伊勢志摩の中央、青峯山上にある

山号は青峯山といいます。

その昔、倭姫命が神宮の皇大神を最初にお祀りした

聖地といわれ、本尊 十一面観世音菩薩は麓の、

相差の海より鯨の背に乗って現れたと伝えられています

天平年に、聖武天皇が、南都東大寺建立に当り

伊勢神宮に参詣、朝熊岳にこもられた時、

夢のお告げあり

「青峯山に霊験あらたかな観音像あり

この地に伽藍を建立し尊像を安置すれば、

直ちに諸願成就すべし」との霊夢を蒙り

聖武天皇は、行基を使わし伽藍を建立した

その後、大同年 平城天皇の論旨を受け

弘法大師真言宗として開宗された。

当寺は三十余坊もあったが、のち衰退し

貞享年 僧弁竟が再建し中興の開山となる

由緒深き、十一面観世音菩薩は

勝宝年 菩堤法師により

本仏を造り、尊像を腹中に納め三重の宝箱を

容れ秘仏とされました。

 

青峯山 正福寺

       通称 嵯峨御所

 

宗派 高野山真言宗

本尊 十一面観世音菩薩

真言 おん まか きゃろにきゃ そわか

開山 行基(菩薩)

開創 天平

札所 伊勢西国三十三ヶ所観音霊場 番外

   三重四国八十八ヶ所霊場   第八十八番札所

   東海三十六不動尊霊場    第二十三番札所

    

「御詠歌」

第一番

慈悲の海深き 誓のたのもしき

         青峯山に 参る身なれば

第二番

世を救ふ 仏の誓萬世も

         変わらぬ色の 青の峯かな

第三番

はるばると登れば ここに正福寺

         峯の嵐も みのりなるらん

第四番

み仏の誓の海を 渡るには

        あをの一字を 忘るるなゆめ

第五番

曙にまほうちあげて 志摩路潟 

          青の御寺にみゆる桃舟

                 (┬┬﹏┬┬)

 

金堂、大門は三十年の歳月をかけて文化年に完成

江戸時代後期の彫刻集団、立川流の見事な彫刻

巨刹のたたずまいを見せてくれますまた、

大門の彫刻伊勢エビが彫られていますので

探してみて下さい。

 

「大門 四天王立像」

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「鐘楼堂」

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「夫婦杉」

 平清盛が植えたとされている

 伊勢湾台風で男杉が倒壊、女杉のみが残っている

 やはり強い・・・・

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「手水舎」

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「金堂」

 本尊十一面観世音菩薩立像を始め

 数体の尊像が祀られている

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 「聖天堂」

 本尊聖歡喜天

 縁結びの御利益があります。

 ( 下写真右)

「大師堂」「弁天堂」

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「薬医門」

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御朱印

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三重県鳥羽市松尾町519

   0599-55-0061

 

「絶景」

展望台よりの眺望は、

志摩から紀伊山海さらには、尾張三遠を望む  

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「アクセス」

 

 

 

 

 


伊勢西国観音霊場 番外 正福寺

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鳴谷山 聖寶寺

 

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三重県の最北端、鈴鹿山系藤原岳の麓にある

山号を鳴谷山といいます。

千年以上前、平安初期に天台宗の開祖・最澄

開山された古刹で

建立当寺、七堂伽藍を有する広大な境内があった。

しかし、戦国時代に信長の家臣 滝川一益によって

員弁攻略の兵火により焼失し

その後、徳川中期に臨済宗妙心寺派として

大圓宝鑑愚堂和尚が開山され再興されたといわれる。

唯一焼失を逃れた、庭園は

藤原期の華やかな造庭がうかがえる

春の桜、夏の緑(紫陽花)、秋の紅葉、冬の雪景色と

四季折々の景色が訪れる人を和ませてくれます。

特に、夏は聖寶寺の境内の傍を流れる

藤原岳の伏流水が集まった鳴谷の滝は、

心洗われるひとときを過ごせ、

夏の涼をとる場所として人気があります。

ですが

やっぱり一番は、この聖寶寺の庭園の

美しさを放つ秋でしょう

藤原町は県内でも、比較的雪が多い場所で

気温も低くいち早く赤や黄色の紅葉が楽しめ

毎年、紅葉祭り開催期間中は、多くの人で

賑わいます。

 

「御詠歌」

  迷ひ路の 便りともなる 谷なれば

       入ぬる人の 悟らぬも無し

               (┬┬﹏┬┬)

 

 鳴谷山 聖寶寺

 

 宗派 臨済宗妙心寺派

 本尊 十一面観世音菩薩

 真言  おん まか きゃろにきゃ そわか 

 開山 大圓宝鑑愚堂和尚 

 開創 万治年(徳川中期)

 札所 伊勢西国三十三所観音霊場 二十九番札所

 

 「本堂」

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「玉広稲荷神社」

地元の住人、玉野氏が白狐の霊夢をみて

聖寶寺の住職と共に稲荷総本宮に行き

分霊を奉載し祠を建立

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 「境内造庭」

十一月後半頃境内のもみじも真っ赤に色付きます

なお平成三十年でもみじ祭は終了

夜間のライトアップはされてない模様

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 御朱印

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「アクセス」

三重県いなべ市藤原町坂本981

       0594-46-8101 

 

 


伊勢西国三十三ヶ所観音霊場 聖寶寺

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