神社仏閣参拝とオヤジの休日

中部地区を中心に趣味の小旅行(神社仏閣参拝)を私的観点から綴っています

後鳥羽法皇勅願寺 伊賀成田山 新大仏寺 

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室生・赤目・青山国定公園と言う緑豊かな

伊賀の地にその昔、源頼朝は叔父の佐々木秀義の

追善供養の為、一宇を建立

その後、東大寺を再興した俊乗坊重源上人が

この地に、後鳥羽法皇勅願寺として創建したと

伝えられる。

俊乗坊重源上人は鎌倉時代東大寺大仏と

大仏殿の復興事業を指揮した僧として知られて

おり、東大寺に敬意をはらって東大寺

「新」をつけて「新大仏寺」にした

鎌倉時代には、十余坊を有していたが

天正年の戦乱で、伽藍の大半を失い荒廃

当時、芭蕉が当寺を訪れ

「丈六にかげろう高し石の上」と

荒廃ぶりを嘆いた

その後、陶榮和尚が再興を発願し、藤堂藩の

庇護を仰ぎ大仏修復を終え

中興二世宝梁律師が大仏殿を上棟し入仏

成田山を勧請して「伊賀の成田山」と

呼んでいる、また「阿波の大仏さん」

雨乞いの寺として古くから歴史を刻む

伊賀国屈指の大刹である。

 

五宝山 新大仏寺

宗派 真言宗智山派

本尊 毘廬遮那如来

真言 「おん あびらうんけん

         ばざら だどばん」

開山 俊乗坊重源上人

開創 建仁

札所 伊賀四国八十八ヶ所第四番霊場

   東海三十六不動尊第二十八番霊場

   東海白寿三十三観音十四番霊場

   三重四国八十八ヶ所第五十九番霊場

 

大仏寺大門仁王像 

「阿形像」

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「吽形像」 

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明王殿」

成田山不動尊から伊賀成田山不動尊の称号を称賜

本尊 不動明王立像

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高台の法面に

「慈母観音」(子育て観音)

「白寿観音」(長寿延命観音

八大童子」「三十六童子

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「楼鐘堂」平和の鐘

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「大佛殿」(金堂)

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大佛殿内

本来の本尊は毘廬遮那如来坐像であるが

宝蔵庫に祀られ、大佛殿には

「釈迦如来立像」を本尊としています。

欄間の飛天絵(鼓を打つ飛天・太鼓を打つ飛天)

豊かな色彩のまま残されています。

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本尊後陣に祀られている

 地蔵菩薩立像」鎌倉時代

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役行者と前鬼・後鬼」

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「十一面観世音菩薩」平安時代

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大佛殿の奥・護摩祈祷堂(不動明王拝殿)

「岩屋不動尊(江戸時代)

岩肌の半洞窟に像高六メートルの

不動明王が二童子を連れてお立ちです。

セイタカ童子(左)とコンガラ童子(右)

毎月1日・15日 

護摩供が行われます。

毎月28日

お不動さん縁日

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本堂(上人堂)(江戸時代)

 堂内・須弥壇中央には阿弥陀如来座像が

 祀られています。

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「宝蔵庫」(新大佛殿)

   本尊 毘廬遮那如来坐像

   俊乗坊重源上人像 が祀られています

   ちなみに、俊乗坊重源上人像(鎌倉時代)は

   全国に四体しかなく、東大寺

   浄土寺兵庫県)・阿弥陀寺山口県)と

   新大仏だけだそうです。

   是非、拝観を!!

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「江戸時代の仏師立像を座像に !!」

「国重要文化財

新大佛殿・二階中央に輝く大仏如来坐像 

像高は四メートル、

蓮華座から光背までの総高は六メートル

現在は毘廬遮那如来座像としてお祀りされているが、

もともとは、阿弥陀如来立像として造られた

頭部のみが仏師快慶が造った当時(鎌倉時代)のもので、

体部は江戸後期に修復改変されたらしい

ちなみに頭部には、快慶の銘がある。

地元では「阿波の大仏さん」として知られている。

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 ネットより引用

「大師堂」(元文年建立)

 ペリーが浦賀来航時、

 国難消除の祈祷を修伝わる伝わる

 堂内 須弥壇には、弘法大師空海

 をお祀りしています。

 毎月21日 

 弘法大師御影供が行われます。

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芭蕉歌碑 丈六塚」

 ~丈六に 陽炎高し 石の上~

 貞享五年、芭蕉帰省のさい

 二人の旧友とともにこの寺を訪れたときの

 様子を読まれた句

 ネットより引用

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緑深い山が境内地になっており

境内では、桜・紫陽花・紅葉など秋名菊が楽しめる

また、西国三十三ヶ所霊場巡りの

遊歩道も整備されております

一度、足を運んで見ては如何でしょう。

ちなみに、手前はもみじ奥に桜が咲いています。

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御朱印

 

三重四国八十八霊場

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東海三十不動尊霊場

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源頼朝公が後鳥羽法王の勅願寺として

 開かれた、東大寺の別所で

 全国に七ヶ所設けられた内の

 伊賀別所として創建されました。

 俊乗坊重源上人の「東大寺七別所」

 東大寺別所・東大寺浄土堂

 高野新別所・高野山円通律寺

 渡辺別所 ・大阪灘波津(跡地は不明)

 播磨別所 ・小野市浄土寺

 備中別所 ・岡山(跡地は不明)

 周防別所 ・防府市阿弥陀寺

 伊賀別所 ・伊賀市新大仏寺

 

伊賀上野には、

大和・山城・近江・伊勢

を結ぶ街道があり、

道筋のいたるところに祖先の残した

文化遺産があります。

 

「アクセス」

名阪国道・中瀬インターを下車、津方面へ約20分

津方面より国道163号を上野方面へ

新長野トンネルを越え約5分

駐車場無料有り 

受付時間 9:00~16:00

拝観・新大仏殿(宝蔵庫)拝観料 三百円

 

三重県伊賀市富永1238

    0595-48-0211

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朱雀天皇勅願寺 那智山 松寿院 石上寺

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その昔、大和国・布留郷(ふるのさと)の住人

紀真龍(きのまたつ)」が石上神宮の神告により

この、東海道亀山の地に那智山熊野権現を勧請し

新熊野三社として祀ったのが新熊野権現社の起源

弘法大師が紀真龍の元に訪れ、地蔵菩薩を刻み

一宇を建立し那智山石上寺と名付けられた。

 

紀真龍は別当職として、この亀山の地に家族と共に

移住し、和田の里を開き伽藍を増やしていった

朱雀天皇勅願寺、鎌倉将軍家祈願所となる名刹

その後、長徳年、疫病排除の為

尾張国、津島の牛頭大王(現・津島神社)を

勧請して祀られた。

 

壮大な神廟寺院も永禄年の織田信長

伊勢進攻の兵火を受けた

幸いにも、権現社・地蔵堂は難を逃れた

正保年に再興、正徳年に僧是幼が

中興し現在に至っている。

 

那智山 松寿院 石上寺

宗派 高野山真言宗

本尊 子安延命地蔵菩薩

真言 おん かかかび さんまえい そわか

開山 紀真龍

開創 延暦

札所 三重四国八十八ヶ所霊場 第二十六番

   東海近畿地蔵霊場    第 五 番

   伊勢七福神霊場      布袋尊

 

 道ならぬ 事なかなえて さりともと

       思いたがえて 我いのるとも

 

「本堂 」

毎月24日は地蔵菩薩縁日が行われます。

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地蔵堂

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「南無大師遍照金剛」幟の中心に立つ

 弘法大師

 毎月21日は弘法大師御影供が行われます。

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「虚空尽き衆生尽き 涅槃尽きなば我が願いも尽きなん」

 これはお大師様が万燈会を修せられた願文の一節で

 御誓願を表すものとして有名なものです。

「われ永く山に入らん」

この世が尽きない限り、また衆生の人々が悟りを開き

幸せになるまでこの世にとどまって人々を救うという

強い願いを持って高野山に御入定されたのでは

ないでしょうか。      

                    合掌

       高野山真言宗様より

             

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「楼鐘堂」

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「権現社」

熊野三社を祀る拝殿

拝殿扁額には、「熊野大権現」の文字

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御朱印

三重四国八十八霊場

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伊勢七福神霊場布袋尊

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「アクセス」

 JR井田川駅より南西1.5K

 JR亀山駅より三交バス栄町住宅前から徒歩3分


 三重県亀山市和田町1185

   0595-82-0788

   お車の方専用駐車場あります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

国司北畠氏祈願所 御嶽山 真福院

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三重県のほぼ中央部を流れる雲出川上流

伊勢(三重県)と大和(奈良県)の境に位置する

三重県美杉村多気、古くから「三多気の桜」

知られている。

白鳳時代役行者蔵王権現を祀られたのが

当山の草創と伝えられ

平清盛北畠親房らも参篭したとされている。

北畠氏の祖、中院通方卿が堂塔を建立

山門前には鎌倉期の石仏、石碑が群集しており、

当時の隆盛が偲ばれる

正和年、失火により堂宇を全焼

文保年、滝覚坊が再建復興さらに

国司北畠顕能氏は信仰厚く、念持仏不動尊を納め

一族の祈願所とした。

天正年伊賀乱の兵火により本堂を残し焼失

元和年、慶安年と復興され

明治の神仏分離令により寺院となったが

今もなお「お宮さん」としての信仰も続いている

 

御嶽山 真福院

 

宗派  真言宗 醍醐派

本尊 蔵王大権現

真言 おん ばざら 

   くしゃあらん じゃうん そわか

開山 役役者

開創 白鳳代

札所 三重四国八十八ヶ所霊場 

 

真福院の門前にある石碑群

弘長年(鎌倉時代)の銘が刻まれています。

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 樹齢1000年と言われる大欅が並ぶ

石段を登って行くと杉の巨木その緑の中に

朱色の山門が見える。

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「山門」

真福院・山門<br />

「手水舎」

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本堂「蔵王堂」

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「大師堂」「観音堂

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護摩堂」

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御朱印

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伊勢本街道(国道368号)から

御嶽山真福院までの参道は

500本余りの山桜が立ち並び、

国指定名勝文化財「日本桜名所100選」に選定

されている

残念ながら、今年は・・・・

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今から600有余年前、

理源大師(醍醐寺を開山した修験道の中興の祖)が

昌泰年に真福院(三多気蔵王堂)に留まって

桜を植えたのが始まりであり。

南北朝時代から戦国時代

北畠氏の本拠地であった全盛の時代さらに

国司館から御嶽山真福院まで

2万本の桜が立ち並んだと云われます

 

因みに満開時の上空からの参道

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津市観光協会様 撮影

 

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美杉村には、

大和国伊勢国を結ぶ街道があり、

道筋のいたるところに祖先の残した

文化遺産があります。

 

「アクセス」 

三重県津市美杉町三多気204

    059-274-0716

 

 

 

 

 

 

 

 

ヤマトタケルを祀る 加佐登神社

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加佐登神社・本殿北西にある白鳥塚(白鳥御陵)

この白鳥塚のそば、小碓命の形見

「笠」と「杖」をお祀りしたのが

加佐登神社の始まりと云われます。

景行天皇の皇子として生まれた小碓命は、

若い頃から武勇に優れ

西国九州の熊襲タケル・出雲タケルなどの

豪族を従えてまわり、帝の命令により

東国の蝦夷からの統一に向かった

東国を統一した帰り道

尾張国のお妃・美夜受比賣命に

神剣 天叢雲剣草薙剣を預け

熱田神宮に祀られている、三種の神器

伊吹山に向かいました。

しかし、小碓命伊吹山の戦いで傷つき

動かない体を引きずって、能褒野の地

にたどり着き、大和を望んでその短い生涯を

終えたと伝えられる

わずか30歳余り、最期の地三重も

ヤマトタケルの説話からきています

 

加佐登神社

 

主祭神

  日本武尊(倭建命・ヤマトタケルノミコト

 

祭神 (合祀)旧高宮村内各地に祀られていた

  速玉之男命   (はやたまのおのみこと)

  伊邪那岐神   (いざなぎのかみ)

  豫母津事解之男神(よもつことさかのおのかみ)

  延喜式内社 倭文神社

  天羽槌雄神   (あめのはづちおのかみ)

  天照大御神   (あまてらすおおみかみ)

  豊受大神    (とようけのおおかみ)

  大雀命     (おおささぎのみこと)仁徳天皇

  大國主命    (おおくにぬしのみこと)

  品陀和氣命   (ほむだわけのみこと)応神天皇

  息長帯比賣命  (おきながたらしひめのみこと)

                     神功皇后

  火之迦具土神  (ひのかぐつちのかみ)

  伊邪那美神   (いざなみのかみ)

  菅原道真    (すがはらのみちざね)

  大山津見神   (おおやまつみのかみ)

  気吹戸主   (いぶきどぬしのかみ)

  建速須佐之男命 (たけはやすさのおのみこと)

「手水舎」

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「本殿」

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境内社」(五社合殿)

  金刀比羅神社 

    大物主神  (おおものぬしのかみ)

    小毘古名神 (すくなびこなのかみ)

  日代神社

    景行天皇  (けいこうてんのう)

  稲荷大神

    建速須佐之男神 (たけはやすさのおのかみ)

    宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)

    大市比賣神 (おおいちひめのかみ)

  多度神社

    天津日子根命(あまつひこねのみこと)

    天目一箇命 (あめのまひとつのみこと)

  内内神社

    建稲種命  (たけいなだねのみこと)

    美夜受比賣命(みやずひめのみこと)  

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他、境内には先代以前の神主が境内にて見つけた

弧帯状の白い模様の見られる石が置いてある

加佐登神社ヤマトタケルの命が死の間際に

つけていた笠を祀る「御笠社」と伝わるが

そこから派生し、この名も無い石も

諸病平癒の御利益があるとされている。

 

御朱印

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「白鳥塚古墳」

加佐登神社・本殿北西にある白鳥塚(白鳥御陵)

 加佐登神社の北西にある「帆立貝式古墳」

 古くから日本武尊の御陵として伝わっている

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江戸時代、この高宮の地(現鈴鹿市加佐登町)は

東海道の宿場町「石薬師宿」と「庄野宿」の間に

位置している事もあり、都や伊勢参りに行く

人たちが立ち寄ったとされています

東海道の浮世絵にも描かれているようですよ。

明治には、政府教部省よりヤマトタケルの墓として

正式に治定されていたが

数年後、亀山丁子塚へと改定された

 

倭は 国のまほろ

たなづく 青垣

山隠れる 倭し美し

   ・

命の 全けむ人は 畳薦

平群の山の 熊白檮が葉を

髻華に挿せ その子

    ・

はしけやし 我家の方よ 雲居立ちくも

    ・

嬢子の 床のべに

わが置きし 剣の太刀

その太刀はや

    ・

    ・

ヤマトタケルの国偲び歌)

 

鈴鹿の山々を眺めながら故郷、

大和を偲んだ歌

 

「アクセス」

三重県鈴鹿市加佐登町2010

   059-378-0951 

 

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                    2021/3/27

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お勧めトレッキングシューズ 

 

 

 

 

温泉の神を祀る 式内社 射山 神社

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三重県津市の榊原にある射山(貝石山)の中腹に鎮座

後に現在の温泉地の一角に移されたとされています。

貝石山の西麓に湧いていた温泉が七栗の湯

里人は神湯・宮の湯とよんでいた

かつては射山・湯山とも呼ばれ

貝石山は射山神社の御神体とも云われています

 

射山 神社

     延喜式 式内社

 

主祭神(温泉大名神

   大己貴命(おおなむちのみこと)

   少彦名命(すくなひこなのみこと)

 

祭神(合祀)

   天照皇大神 須佐之男命 品陀和気命

   表筒男命 火産霊命 彦火火出見命

   市杵島比咩命 速玉之男命 天津児屋根命

   底筒男命 中筒男命 菊理比咩命

   級長津彦命 五男三女神 建御名方命

   大鷦鷯命 猿田彦命

 

御神徳  

   開運・縁結び・五穀豊穣・無病息災

   家内安全・長寿健康ほか

   あらゆるお祈りの縁と御神徳を受けられます

 

「射山神社 手水舎」長命水 神の井

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「大黒様の恋こ槌」

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  拝殿の手前にあるピンク色ののぼりの間に

  鳥居があります。

  大己貴命大国主命(大黒様)

  縁結びの神様で有名な出雲大社の神様です

  射山神社では、大黒様の小槌は「恋こ槌」と呼ばれ

  撫でると縁に恵まれ、願いが叶うと云われています

 

温泉の神様として

  室町時代、当地を納める榊原城主の榊原氏に

  よって崇拝され、また

  南朝一族の北畠國永郷がこの地で

  長期湯治をしており和歌にして残されている

 

  世の中の 人はすつれど千早振 

           神にまかせて住む榊原

 なぜ榊原・・・

   人皇二十六代継体天皇

   皇女荳角媛命(ササゲヒメノミコト)が

   伊勢大神宮斎祠になられたとき、

        この地に自生する榊枝をお採りになり

        一夜長命水に浸し

        翌日 伊勢皇大神宮に運んでいたと伝えられる

        後に、地名を「榊原」と呼ぶようになったといわれます。

 

  榊は木へんに神の字が合わさり

     神と人の境界を表しています。

 

  清少納言の「枕草子」第117段

    「湯は七久里の湯、有馬の湯、玉造の湯」

  1500年前

  かつて都の貴人が伊勢神宮参拝の前に清めの

  湯垢離をしたのがこの地

  七久里(七栗)の湯とは榊原温泉を指しています

  榊原温泉は美人の湯として有名(つるつる・しっとり)

  さらに境内には

  奥の細道の旅を終えられた松尾芭蕉

  度々榊原温泉に来られ湯治をしており

  境内には「芭蕉翁反古塚」もあり、

  松尾芭蕉の死後、彼を慕う俳人らが

  この地で句会を開いた際に建立されたと云われています

 

     「葉桜に袴の裾もぬれにけり はせを」

                  芭蕉 糸桜の句

 

 

 ご縁を結ぶ強力なパワースポット

    緑に包まれる射山神社と悠久の歴史を感じさせる

    貝石山など、古くからの温泉地を訪れてみては如何でしょう

 


榊原温泉湯本 式内 射山 神社

御朱印 

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「アクセス」

 三重県津市榊原町5073

     059-252-1024

 

 湯元誓願寺観音堂
   

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    誓願寺は、もとこの地より南西約四百メートルの地に

 旧跡を残している古い寺院です。

 現在、お堂内には本尊として十一面観音像を初め近隣の

 観音堂、十王堂の祭られたものと共に多くの仏像が

 安置されています。

    お堂内の仏像は江戸時代初期から中期にかけて造立

 されたもので、観音霊場を巡礼する三十三観音

 地獄の裁判を象徴するえん魔像、人々の極楽浄土を

 かなえる阿弥陀如来立像などが安置されています。

 

 「御詠歌」

   川の瀬も 澄みて聞こゆる 普門品

                これぞ仏の 誓願時かな

 

 誓願寺観音堂

 

  本尊 十一面観世音菩薩

  真言 おん まか きゃろにきゃ そわか

  札所 旧一志郡三十三ヶ所観音霊場 三十番札所

 

「本堂内」

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 榊原温泉郷「おもてなし館」

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「アクセス」

  三重県津市榊原町5824-1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東王山 瑠璃光院 慎福寺

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鈴鹿市神戸地区にある山号を東王山と云います

その昔、七堂伽藍を備え

神戸城の主、織田信孝祈願寺とされ

寺領六百石を受領し大いに栄えたが

江戸時代の大地震により焼失

神福寺と称されたが

明治の神仏分離の際、現在の名称「慎福寺」に改称された。

境内には樹齢三百五十年余りの

しだれ銀杏がご神木とされ、

当山の「総本山長谷寺」にあやかり境内には牡丹など

花木が植えられている。

当山は真言宗であり

弘法大師によって完成されました

その教えは、自分自身が本来持っている

「仏心」「限りない人格」「さとりの世界」

今このときに呼び起こす即身成仏に求められます。

それは、自分自身深く見つめながら

「仏のような心で」「仏のように語り」

「仏のように行う」という生き方です。

この教えをもとに、人々が共に高め

あって行く事で

世界の平和がもたらされ

理想の世界として蜜厳仏国土が完成すると云われます

 

東王山 瑠璃光院 慎福寺

 

宗派 真言宗豊山派

本尊 薬師如来

真言 おん ころころ せんだり まとうぎ そわか

開山 法院紹盛上人

開創 永禄年

札所 三重四国八十八ヶ所霊場 第十四番札所

 

「本堂」

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本堂内には御本尊薬師如来

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左に如意輪観音

綺麗さに見入ってしまいました。

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弘法大師堂 」 

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地蔵堂

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御朱印

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「アクセス」

〒513-0801

 三重県鈴鹿市神戸2-19-8

         059-382-0263

 

仏画学びの会」が催されていました

令和二年十月から令和三年二月 全五回開催

詳しくは、慎福寺ホームページへ

 

「鳥枢沙摩明王

不浄な物を浄化する仏様として

真言宗ではお手洗いに祀られる事もあります

トイレの仏様です。

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般若心経

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本三大虚空蔵菩薩 勝峯山 兜率院 金剛證寺

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伊勢志摩国立公園の最高峰、朝熊岳にあり

山号は勝峯山といいます。

神仏習合の時代、

本尊虚空蔵菩薩の眷属、雨宝童子が祀られており

大日如来の化身にして天照大御神日向国

現れた十六歳のお影を、弘法大師

感得し彫られたと伝えられている

その昔から、伊勢神宮の鬼門を守る寺として、

神宮の奥の院ともいわれた

「お伊勢のかへりに朝熊をかけよ、

          朝熊かけねば片参宮」

と伊勢音頭にも唄われ参宮する人々は

金剛證寺も参詣するのが習わしでした。

御本尊の「福威智満虚空蔵大菩薩」

日本三大虚空蔵菩薩の第一位として

広大無辺な福徳・威徳・智徳の三徳を

有する仏様です。

御本尊は秘仏であり

二十年に一度、伊勢神宮のご遷宮の翌年に

ご開帳されるそうです。

また、九鬼嘉隆のゆかりの寺であり

嘉隆にまつわる所蔵品がいくつかあり

嘉隆の三男、有慶は嘉隆の菩提を弔い

金剛證寺に出家し、金剛證寺、第十二世となった。

 

勝峰山 兜率院 金剛證寺

 

宗派 臨済宗 南禅寺派

本尊 虚空蔵菩薩

真言 「のぼ あぎゃ しゃきゃ らば やー おん

        あり きゃー まりぼり そわか」

開山 暁台上人

開創 欽明天皇

札所 伊勢西国三十三ヶ所観音霊場 第二番札所

 

朝熊山 のぼりて 見れば

    極楽の 是ぞ誠の浄土 成るらん

 

平安時代弘法大師空海によって堂宇が建立され

密教修行の一大道場として隆盛を極めました

その後、応永年に鎌倉建長寺開山大覚禅師の法孫である

仏地禅師が再興して以来禅寺に改められた。

又、仏事に用いられる樒(しきみ)ではなく

神事に使われる榊(さかき)が供えられる珍しい寺院である。

 

「仁王門」

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「阿形像」

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「吽形像」

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「仁王門 裏側」

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 仁王門の裏側(左右)に二体の像

明星天子

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明星天子は、

虚空蔵菩薩を神格化したと云われています。

「雨宝童子

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雨宝童子は、神仏習合思想において

天照大御神が日向に下生した時の姿とされる

「楼鐘堂」

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「連間の池」

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仁王門をくぐると目に入ってくる大きな池があります。

この池は、「つれのまの池」と呼ばれ

金剛證寺を再興した弘法大師が造ったものと伝わっています

「連珠橋」「雨宝堂」重要文化財

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池の中央に架かる「れんじゅ橋」

橋の中央を境に此岸と彼岸の境界をあらわしてるそう

此岸(しがん)とは、迷いの世界=この世

彼岸(ひがん)とは、悟りの世界=あの世

雨宝堂の中には「雨宝童子像」が祀られています。

大日如来の化身にして天照大御神日向国

降臨した十六歳のお影を、弘法大師

感得し彫られたと伝えられている

「観世音菩薩と弘法大師

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地蔵堂厄除六地蔵尊」

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厄除け地蔵尊は別名「重軽地蔵尊とも

呼ばれており、手で持つことができる地蔵尊

手順通りにすると、願いを叶えてくれるそうです

「手水舎」

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本堂「摩尼殿」

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1609年に起こった火災の後に

徳川家康池田輝政に命じて再建させた

 

本尊「福威智満虚空蔵大菩薩」

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一切の万物をはぐくむように福徳・威徳・智徳の

三徳を具え、願主の求めに応じて、

御慈悲を以って御利益を与え満して下さる仏様です。

福徳とは・・福徳円満な幸福、家内安全、無病息災

身体健康、商売繁昌、社運隆昌などが

授け与えられます。

 

威徳とは・・威厳があって徳が高い円満な人格

を授け与えられます。

 

智徳とは・・虚空蔵菩薩の御真言

「のぼ あぎゃ しゃきゃ らば やー おん

        あり きゃー まりぼり そわか」

 を唱えれば記憶力が増し、学力が向上し、

 教養を身につけ、合格成就など大願が

 授け与えられます。

 

「福丑」

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福丑は頭上に大黒様を乗せています。

一度、この福丑に触れば、

心清く意思賢固になり

福徳・智慧が増強し、

身体健康の御利益があるそうです

智慧寅」

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智慧寅は、御本尊 虚空蔵大菩薩の智慧

戴いた寅であり、触るだけで御利益を

得ると云われています

「明星堂」

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伊勢神宮の鬼門除けとなる

仏神明星天子が祀られています。

明星天子は、虚空蔵菩薩の化身

明星は、日・月・星の三字よりなり

三光天子とも云われ

国土安穏・智慧成就の仏神と云われます

 

登り坂を少し歩くと見えてくる

「極楽門」

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卒塔婆の道」

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卒塔婆の道を抜けると

金剛證寺卒塔婆を建てると、全く別の世界でなく、

 現実の山の中に死者の霊が集まる場所であり

他界にいくと云われることからここに大きな卒塔婆

建てる方が多い)

奥の院 呑海院」

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延命子安地蔵を祀っている奥の院

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御朱印

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三重県伊勢市朝熊町岳548

    0596-22-1710

「絶景」

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朝熊岳山頂から見える鳥羽・志摩の海岸線

遠く、日本アルプス富士山の姿を望む

              (中央右)

恋人たちの聖地「天空のポスト」

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「萬金丹」

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 六〇〇年以上前から伊勢地方に伝わる薬で

 胃腸の不調に効くらしいです

 和漢薬配合で体に優しく、古来からのお薬

 又、伊勢参りのお土産物として人気です。

 

「アクセス」

朝熊岳 金剛證寺は、伊勢志摩スカイラインの山頂

付近にあります。

伊勢志摩スカイラインは、伊勢から鳥羽に抜ける事の

できる有料道路です。

季節によって通行可能時間が変わりますので

公式サイトでご確認をその際通行料金割引券

プリントアウトしておくとお値打ちに通行出来ます。

因みに、普通車両で1270円が1020円になります。

 

 


伊勢西国 勝峰山 兜率院 金剛證寺