醍醐天皇勅願所 鶏足山 野登寺
伊勢西国三十三ヶ所観音霊場 三重四国八十八ヶ所霊場 鶏足山野登寺
亀山市の名所の中で野登地区にある野登山
山頂には野登寺上寺があり、
山号を鶏足山といいます。
伊勢国鶏足山野登寺の菩薩の不思議なお告げを受けられ
勅使を遣わした、その勅使が山の麓で道に迷って
難渋していると、
何処からともなく「三本足の鶏」が飛んできて
勅使の裾をくわえると山頂まで導きました。
到着した勅使は、
この山のたたづまいに心を打たれ立ち尽くしていると
そこに翁が現れ、勅使をお堂の中へと案内しました
そこには、眩いばかりの神々しい、
神作の千手観音様がおりました、勅使はたいそう驚き、
案内された翁を探しましたが見つからず
あの翁こそ千手観音様のお姿に違いないと、
一心に伏し拝みすぐさま下山し帝にお知らせしました。
勅使の報告を受けられた帝は、
ご霊夢が正夢であったかと驚嘆され
遥か鶏足山の方を合掌礼拝されました。
仙朝上人を中興開山として遣わされ
仙朝上人は延喜年、全国各地より銘木を集め
諸堂伽藍の建立に取り掛かり延喜十年四月七日に
落慶法要を厳修されました。
するとその年は五穀が良く稔ったので、それ以来
毎年四月七日を縁日として祭礼を行っております。
「御詠歌」
野を上る、寺こそ是よ
鶏の、朝の声は、法の言の葉
(┬┬﹏┬┬)
鶏足山野登寺
宗派 真言宗御室派
本尊 千手観世音菩薩
真言 おん ばざら たらま きりく
開創 延喜十年
札所 伊勢西国三十三所観音霊場二十三番札所
「手水舎」
「鐘楼堂」
「本堂」
「雨壷の社」
野登寺 下寺
「山門」
「本堂」
伽藍は焼き払われ寺領は没収されたが
その後、関一政より寺領の寄進をうけ堂宇を再建
板倉家の祈願所として、上寺に模して建立した
以後、代々の亀山城主は、上寺・下寺への
信仰が厚かったと言われています。
「御朱印」
0595-85-0729
「坂本の棚田 」
野登寺上寺と下寺の中間地点にあり
日本棚田百選に選ばれており
野登山山麓の緩やかな斜面に130余りの
田があり地元の方々より守られています
土手の石積みが特徴です。
「アクセス」